箕面市西部にある神社

箕面の神社

水神宮(みずじんぐう)

龍王神社の近くにあるこじんまりとしたお社。東西坊島如意谷の水利組合奉献の鳥居あり。龍王神社との違いはわからない。お社には龍の文様が描かれている
箕面の神社

龍王神社(りゅうおうじんじゃ)

雨乞いの神様。付近にある水神宮、白姫大明神とも水の神様。この付近は山奥から続く川がない為か溜池が多い。水に苦心していた地域のよう。もとは如意谷の山の上にあったが団地開発の際に現在地へ移転された。
箕面の神社

八幡太神社(はちまんたじんじゃ)

昔から西小路地域の氏神として祀られていた。明治40年(1907)の明治政府による神社統合発布により阿比太神社に別棟合祀されることになったが昭和30年(1955)にここへ戻ってきた。令和元年(2019)4月境内の松をご神木「八幡太松竜」と命名。傍に伸びた松の木をくぐる通り抜けがある。
箕面の神社

正丸稲荷神社(しょうまるいなりじんじゃ)

もともとは稲荷社古墳とよばれる古墳で石室が神殿になっている。古墳の年代は8世紀前後といわれている。稲荷神社は最も古い記録としては享保11年(1726)に見られる。令和最初の日(2019年5月1日)に鳥居が新調された模様。
箕面の神社

屋敷山稲荷(やしきやまいなり)

仏教系のお稲荷様のよう。江戸時代にこのあたりを治めていた麻田藩(青木氏)の代官所・陣屋跡。陣屋の屋敷に祀られていたお稲荷様だったので屋敷山という名前がついているという説がある。
箕面の神社

聖天宮西江寺(しょうてんぐうさいこうじ)

日本で最初に歓喜天を祀った宮。箕面山で修行中であった役行者えんのぎょうじゃの前に老人の姿をした歓喜天が現れ「万民の諸願成就のためここへ鎮座する」と話したという。その対談をしたと伝わる石が境内に残る。歓喜天は像の姿のインドの神様・ガネーシャが起源とされる。かつては摂津国神宮寺と称し平尾(箕面地区)の氏神として信仰が篤い。本尊は役行者作と伝えられる大聖歓喜天(秘仏)。西国七福神の札所として大黒天を祀る。
箕面の神社

牧落八幡大神宮(まきおちはちまんだいじんぐう)

牧落地区の鎮守社。創建は不明。寛文・延宝年間(1661~1680)建立の石燈籠が残っている。明治40年(1907)の神社合祀でも合祀されることはなかった。
箕面の神社

天児屋根命神社(あめのこやねのみことじんじゃ)(瀬川神社)

この辺りは春日大社に寄進された藤原家の荘園であったため昔は「春日神社」と称し藤原氏の氏神をお祀りしていた。後に「王子神社」と称し明治12年(1879)に現在の社名となる。境内には天満宮と八幡宮があり、天満宮は昭和57年(1982)に大阪天満宮から勧請されたもので、八幡宮の傍の「龍ヶ井」はその井戸の底から龍が昇天したという伝承がある。閑静な住宅街にあり運が良ければ境内の木でキツツキのドラミング姿が見られる。
箕面の神社

阿比太神社(あびたじんじゃ)

延長5年(927)の延喜式神明帳に記されており約1100年以上の歴史がある。古代の在地豪族「阿比太連」の創建で当初は阿比太連の氏神が祀られていたと考えられる。豊島てしま牧が置かれることとなった為か「阿比太森」(平尾・現在の箕面地区)より現在地へ遷宮されたといわれているが確かな資料はない。神仏習合の時代には素戔嗚尊と同一とされた牛頭天王の呼称が使われたこともある。「鳥居の争い」の民話が伝わる。
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